手汗に朗報!日本初・原発性手掌多汗症治療の塗り薬「アポハイドローション」(保険適応)旭川皮フ形成外科クリニック

手汗に朗報!アポハイドローション

原発性手掌多汗症とは、手のひらに、温熱や精神的な負荷のあるなしに係らず、日常生活を営む上で多大な支障を来すほどの大量の汗を掻いてしまう状態。患者さん的には、手汗は進化の証なんて悠長な事を言っている場合ではありません。オキシブチニン塩酸塩を有効成分とするアポハイドローションが、2023年3月に製造販売承認を取得しました。現在(この原稿を書いている2023年5月16日現在)のところ発売日は未定ですが、日本初!現時点では唯一無二の原発性手掌多汗症治療薬で、勿論、保険適応の予定です。

 局所的な治療方法としては、塩化アルミニウム外用療法又はイオントフォオレーゼの他、スーパーライザーの星状神経節照射や、水道水をイオン導入したり、ボトックスをメソガンで注射する方法や、手汗限定ではないけれどと前置きをした上で内服薬を処方したり等々しておりました。患者さんの中には、実は脇よりも手のひらの方が効くのよねぇと、保険の腋窩多汗症の治療薬を勝手に手のひらに塗ってしまう不届き者もおりました。が、手汗に悩む患者さんに朗報です。1日1回、就寝前にアポハイドローション適量(両手掌に対しポンプ5押し)を両手掌全体に塗る事で、効果を発揮します。しかしながら、4割弱に何らかの、主には局所的な、つまり、湿疹皮膚炎の類いや、喉が渇く等の副作用が生じるので、使い続ける事が出来ればって前提ではありますが、4人に3人が効果を実感する!と言う優秀なお薬です。勿論、保険適応(の予定)です。

手に汗握るは、進化の証ではあるけれど…。

手汗概論

 原発性局所多汗症とは、頭部・顔面、手掌、足底、腋窩に、温熱や精神的な負荷のあるなしに係らず、日常生活を営む上で多大な支障を来すほどの大量の汗を掻いてしまう状態と定義されています。手掌部にそれが起こっていれば、当事者にしてみれば、「手に汗握る!」なんて悠長な事言っていられない状態ですから、原発性手掌多汗症として治療が必要になります。例えば、コロナ禍前はビジネス上の定番とされた握手。武器を持っていない事を相手に示す方法として、何千年も前から行われているという説もあり、科学的にも、しっかりとした握手、つまり“力強いが強く締め付ける程ではない握手”が、相手に良印象を与えるための鍵を握っている事が証明されています。グーに握った拳を合わせる「フィストバンプ」や、肘を合わせる「エルボーバンプ 」等は、感染対策上、やむを得ないか側面があるかも知れませんが、G7広島サミットの様な公式な場で各国の首脳が交わすものとしては、傍から見た感想でしかありませんが…、はっきり言って、微妙です。しかしながら、大昔、「なんとなく、クリスタル」の田中康夫が長野県知事に立候補した時、街頭演説に立っている彼と興味本位で(綿手越しに)握手した時、はっきり言って、…汗ばむ以上の手の感触に、生理的にたじろいでしまったのも事実です。

 以前、美容通信の汗のお話(美容通信2017年12月号)でも触れましたが、本当のことを言えば、「手に汗握る。」のは、進化の証です。

 私達人間には、他の哺乳類と異なり、①神経性経路を使用して温度感覚を生じ、体温調節をする経路”精神性発汗”と、②潅流性経路を使用して体温を調節する経路”温熱性発汗”の2種類の経路があります。後者の温熱性発汗は、系統発生学的に元々あったシステムなのですが、フィードバック/帰還制御なので、体温調節までにそこそこ時間を要します。論文によれば、交感神経活動の賦活化が起きてから、核心音(深部体温、鼓膜温)がピークを迎えるには、平均で7~10分掛かり、これが循環し、深部温度が有意に上がるには、更に5分くらいの時間を要するんだそうです。これじゃあ、あまりにも不便過ぎるので、①の、より迅速な対応が可能な神経性温度伝達システム、フィードフォワード/予測制御を利用するに至った(発達した)と考えられています。

 私達は、他の哺乳類と異なり、この様な神経性伝達による体温の予測制御により、より迅速な体温調節が可能になり、様々な過酷な!環境でも生き抜く力を得て、活動領域を広げ、文明を築き上げる事が出来たんです。「手に汗握る。」は、実は万々歳なのです。

■手汗の疫学

 日本に於ける原発性手掌多汗症の有病率は、5.33%とされています。平均発症年齢は、13.8歳(男性15.0歳、女性11.6歳)。幼少児期又は思春期頃に発症する事が多く、手汗の為に、学習効率や労働生産性の低下、精神的苦痛、対人関係への悪影響に苛まれ、生活の質Quality of Lifeの低下を来すとされています。

■手汗の治療方法

 治療方法としては、所謂「原発性手掌多汗症診療ガイドライン2015改訂版」には、塩化アルミニウム外用療法又はイオントフォオレーゼが第一選択と記載されています。HISAKOのクリニックでは、前述の治療方法の他、スーパーライザーの星状神経節照射(美容通信2007年12月号)の他、電気分解により生じたH+がエクリン汗腺分泌部に作用して発汗を抑制することから、水道水をイオン導入(美容通信2009年6月号)したり、ボトックス(美容通信2003年10月号)をメソガン(美容通信2022年12月号)で注射する方法や、手汗限定ではないけれどと前置きをした上で内服薬を処方したり等々しておりました。

 オキシブチニン塩酸塩を有効成分とするアポハイドローションが、2023年3月に製造販売承認を取得しました。現在のところ発売日は未定ですが、日本初!現時点では唯一無二の原発性手掌多汗症治療薬で、勿論、保険適応の予定です(多分、今年の5月頃?)。

さくっと、アポハイドローションを知る。

 汗腺の一つであるエクリン汗腺は全身に分布していますが、エクリン汗腺に存在するムスカリンM3受容体が刺激されると、汗が出ます。アポハイドローションの有効成分であるオキシブチニン塩酸塩には、ムスカリン受容体に対する抗コリン作用があり、これにより制汗作用を示すとされています。また、オキシブチニン塩酸塩の活性代謝物であるN-デスエチルオキシブチンも、臨床的効果の一因とされています。

 1日1回、就寝前にアポハイドローション適量(両手掌に対しポンプ5押し)を両手掌全体に塗る事で、効果を発揮します。しかしながら、4割弱に何らかの、主には局所的な、つまり、湿疹皮膚炎の類いや、喉が渇く等の副作用が生じるので、使い続ける事が出来ればって前提ではありますが、4人に3人が効果を実感する!と言う優秀なお薬です。

使い方

  1. アポハイドローションを塗る前に、先ずは手を綺麗に洗いましょう。洗ったら、水気は完全に拭いて下さいね。
  2. アポハイドローションを適量(両手掌に対しポンプ5押し)、掌に出します。新しいボトルの封を切る時は、ティッシュペーパー等の、手に直接触れない所で3~4回空押しして下さい。
  3. 左右の掌に均等に塗り広げます。手汗の薬ですから、足汗も掻くからと言って、くれぐれも塗ったりしないで下さいね。また、可燃性の成分を含んでいるので、ストーブや卓上ボンベ、ライター等に向けてスプレーしないで下さい。火気厳禁です。
  4. 塗布時に、万が一目に入った時は、即行、水で洗い流して下さい。
  5. アポハイドローションを塗ったまま、寝ます。「もしも、どこかに触れてしまったら…」と心配性な人や、少しでも有効成分の吸収を高めたいと欲張りな人にありがちなNG行為としては、塗布後に気密性の高い手袋等を嵌めたり、サランラップ等で密封したがります。これは、危険です! 絶対してはいけません。
  6. 朝起きたら、先ず、手を流水で洗いましょう。手も洗わずに、コンタクトレンズを入れたりするのは×です。

 

副作用

 重大な副作用(頻度不明)として、血小板減少、麻痺性イレウス(著しい便秘や腹部膨満等)、尿閉があります。

 また、主な副作用(1~5%未満)としては、塗った部位にですが、皮膚炎や掻痒感、湿疹、皮脂欠損症の他、口渇が報告されています。

 

注意事項

■全ての人に対する注意事項

  1. アポハイドローションの作用の本体は抗コリン作用ですから、この作用の嬉しくないとばっちり?として、眼の調節機能(視力障害・霧視等)、眩暈、眠気が現れる事があるので、自動車の運転や危険を伴う機械の操作等の際は、要注意!
  2. 汗を搔きまくってしまわざる得ない様な猛暑日とか、それに準じる様な脳みそが沸騰しそうな環境下では、アポハイドローションの使用により発汗が制限される為に、体温が上昇して、熱中症!?になってしまうかも。前述の通り、神経性経路を使用して温度感覚を生じ、体温調節をする経路”精神性発汗”こそが、より迅速な環境への対応を可能にし、私達人間が進化を遂げる事が出来たのですから、アポハイドローションは、ある意味、進化に逆行する背徳的行為なのです。
  3. 繰り返しになりますが、アポハイドローションの作用の本体は抗コリン作用です。胃腸の平滑筋の収縮及び運動が抑制され、消化管運動が低下するかも。消化器症状が出たら、取り敢えず、外用はstopしましょう。

■以下に該当する人は、要注意!

  1. 以下の合併症若しくは既往症のある人は要注意です。
    1. 前立腺肥大症等の下部尿路閉塞疾患;尿閉が誘発されてしまうかも。
    2. 甲状腺機能亢進症;頻脈等の交感神経興奮症状が悪化してしまうかも。
    3. うっ血性心不全;代償性に交感神経系が興奮しちゃうかも。
    4. 不整脈;副交感神経の遮断作用により、相対的に交感神経優位となり、心拍数の増加等が起こってしまうかも。
    5. 潰瘍性大腸炎;中毒性巨大結腸の可能性も無きにしも非ず…。
    6. パーキンソン症状又は脳血管障害;症状の悪化若しくは精神神経症状の出現が起こりうるかも。
    7. 認知症;抗コリン作用による症状の悪化の可能性。
    8. 塗った部位に傷や湿疹・皮膚炎等の症状がある;想定以上の薬剤量が体内移行し、抗コリン使用の際に認められる様々な副作用が出現してしまうかも。
  2. 重篤な腎機能障害があると、腎排泄が遅延する可能性が!
  3. 薬剤は主に肝臓で代謝されるので、酷い肝機能障害があると、代謝が上手く出来ないので、副作用が強く出てしまうかも。
  4. 妊婦さんは禁忌ではないけれど…。
  5. ラットの実験ではおっぱいへの移行が報告されているので、赤ちゃんにおっぱいを挙げているママは、断乳するか断薬するかの選択を!
  6. 12歳未満のお子ちゃまには、臨床試験自体していないので…安全性をどうこう論じるレベルですらないって事。
  7. 爺婆って一括りにすると憤慨する高齢者は多いですが、生理的機能が落ちている場合が多いので、要注意。

 

取り扱い上の注意

 本剤は可燃性なので、保存及び使用の際は火気を避ける!(第二石油類 危険等級Ⅲ 非水溶性 火気厳禁)

アポハイドローションの深堀り

有効成分・オキシブチニン塩酸塩の薬効薬理

 オキシブチニン塩酸塩は、1963年に合成された化学物で、過活動膀胱(美容通信2022年1月号)の治療薬として有名です。オキシブチニン塩酸塩には、エクリン汗腺に発現するムスカリン受容体に対して抗コリン作用を有し、これにより制汗作用を示すと考えられています。

 ヒトムスカリン受容体(M1、M2、M3、M4、M5)を用いた結合実験に於いて、オキシブチニンは[3H]N-メチルスコポラミン結合を競合的に阻害し、ムスカリンM3及びM4受容体に対して高い親和性を示しました(in vitro)。また、ラット、モルモット及びヒトの摘出組織を用いた抗コリン作用についての実験に於いて、オキシブチニンの投与により、カルバコール等による膀胱収縮及び心拍数低下が抑制されたそうです(in vitro)。

 

オキシブチニン塩酸塩の薬物動態

■血中濃度

 健康な成人男性にアポハイドローション500μlを1日1回8時間、両手掌部に14日間反復経皮投与した時の、オキシブチニン及びその活性代謝物であるN-デスエチルオキシブチン(DEO)の血中濃度を測定しました。反復投与時に於いて、血漿中オキシブチニン濃度は投与後72時間までに、血漿中N-デスエチルオキシブチン(DEO)濃度は投与168時間までに定常状態に達すると考えられました。

 アポハイドローション塗布時の全身暴露量は、オキシブチニン塩酸塩経口剤3mg単回投与時の全身暴露量を超える事もあるとか。経皮吸収を侮ってはいけないって事です、はい。

■分布

  •  組織分布

   SD系雄性ラットの背部皮膚に[14C]でマーキングしたオキシブチニン塩酸塩を含有する経皮製剤を48時間単回塗布したところ、マーキングの指標である放射能は組織に広く分布し、その中で特に貼付部位皮膚、ハーダー腺(ハーダー腺とは、四足動物の眼窩にある外分泌腺で、分泌液により眼の潤滑を行う他、ラットではフェロモンを分泌するetc.と、色々な機能が報告されています)、白色脂肪及び肝臓で高濃度を示しました。製剤剥離後、各組織の放射線濃度は、血漿中放射能濃度と同様に減少しました。又、反復貼付による投与部位皮膚への蓄積性も認められませんでした。

  • 胎児移行

   妊娠したラットに[11C]でマーキングしたオキシブチニン塩酸塩を経口投与したところ、胎児の組織中に分泌が認められはしましたが、当たり前ですが、母動物の血中濃度には及びません。

  • 血漿蛋白結合

   in vitro試験に於いて、ヒト血漿蛋白結合率は、オキシブチニン及びその活性代謝物であるN-デスエチルオキシブチン(DEO)の何れも99%以上(血漿中濃度400ng/ml)と報告されています。

■代謝

 オキシブチニンは、主に肝臓で代謝され、活性代謝物であるN-デスエチルオキシブチン(DEO)等になります。また、ヒト肝ミクロゾームを用いた検討によれば、オキシブチニンの代謝には、CYP3A4及びCYP3A5が関与しているんだそうな。

■排泄

 健康な成人男性に、オキシブチニン塩酸塩52.5mg含有の経皮製剤を下腹部に1日1回7日間反復貼付したところ、貼付開始144~168時間後(貼布7回目)の尿中排泄率(オキシブチニン及び4種のその代謝物)は、投与量に対し1.4%だったそうです。その内訳は、3.8%がフェニルシクロヘキシルグリコール酸、30.8%が4-水酸化N-デスエチルオキシブチン、65.4%が4-水酸化フェニルシクロヘキシルグリコール酸で、オキシブチニン及びその代謝物であるN-デスエチルオキシブチン(DEO)は殆ど認められなかったそうです。105mgに倍量しても、同様の傾向が認められました。

 

臨床成績;有効性及び安全性に関する試験

■臨床試験に於ける有効性の評価指標

  • HDSS(Hyperhidrosis Disease Severity Scale)

   発汗による日常生活への支障の程度を評価する指標。Grade1~4の4段階で表し、Gradeが高い程、日常生活への支障が大きい事を示しします。

    • Grade1:発汗は全く気にならず、日常生活に全く支障がない。
    • Grade2:発汗は我慢が出来るが、日常生活には時々支障ががある。
    • Grade3:発汗は殆ど我慢が出来ず、日常生活に頻繁に支障がある。
    • Grade4:発汗は我慢できず、日常生活に常に支障がある。
  • DLQI(Dermatology Life Quality Index)評価スコア

   皮膚疾患が患者の生活にどれくらい影響を与えたかを評価する指標。合計スコアは0~30点で、スコアが高い程QOLが低い事を示します。

    • 0~1点:生活に全く支障がない。
    • 2~5点:生活に軽度の影響がある。
    • 6~10点:生活に中等度の影響がある。
    • 11~20点:生活に大きな影響がある。
    • 21~30点:生活に非常に大きな影響がある。

■国内第Ⅲ相比較試験(原発性手掌多汗症患者を対象としたプラセボ対照二重盲検比較試験)

 12~77歳の原発性手掌多汗症患者(HDSSが2以上且つ手掌の発汗量が一定以上)を対象に、アポハイドローション又は偽物(プラセボ)を両手掌部に1日1回(就寝前)に5プッシュ(約500μl、オキシブチニン塩酸塩として約96mg)を、4週間投与しました。有効性の主要評価項目である4週に於ける発汗量のレスポンダー(ベースラインから発汗量が50%以上改善した患者)の割合は、アポハイドローション使用群で52.8%(76/144例)、プラセボ群で24.3%(34/140例)で、アポハイドローション使用群で有意に高かったそうです(p<0.001)。

 アポハイドローション使用群に於ける副作用発現頻度は、12.5%(18/144例)であり、主な副作用は、塗った部位の皮膚炎4.2%(18/144例)、口渇3.5%(5/144例)、塗った部位の皮膚が痒い!2.1%(3/144例)等でした。

■国内第Ⅲ相長期投与試験(原発性手掌多汗症患者を対象とした長期投与試験)

 12~69歳の原発性手掌多汗症患者を対象に、アポハイドローションを両手掌部に1日1回(就寝前)に5プッシュ(約500μl、オキシブチニン塩酸塩として約96mg)を、52週間投与しました。

 有効性の主要評価項目である発汗量のレスポンダー(ベースラインから発汗量が50%以上改善した患者)の割合は、52週間で72.6%(85/117例)でした。副作用の発現頻度は36.0%(45/125例)で、主な副作用は、適応部位皮膚の皮膚炎8.8%(11/125例)、適応部位湿疹6.4%(8/125例)、口渇3.2%(4/125例)、皮脂欠乏症3.2%(4/125例)等でした。

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来月号の予告

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